トータル・バランス・コンディショニング概論
ブックハウスHD 月刊トレーニングジャーナル 連載(2001年)
日本トータル・バランス・コンディショニング協会
佐藤拓矢
序
人は、猿人から、骨盤の形状進化と供に「中小殿筋」の機能性が進化したことによって、2足歩行を手に入れました。
人体には600種類以上の筋があり左右で対をなしています。筋が骨を動かすことで、動くことが可能になりますが、利き腕、利き足があるように、左右の筋の働きは全く同じではありません。
例えば、小学校から校庭は左周りと決まっています。陸上競技も、競輪も左周りです。野球も左周りです。身の回りの社会も、トレーニングマシンも右利きを前提に作られています。このように左右の筋肉を使う負担の違いが大きくなればなるほど、骨格や関節にも無理な負担がかかり、急激な動作や、長い年月蓄積されることで、あるとき突然、深刻な疾患を引き起こすことにもなりかねません。
一般の方にとっては、広い視野と、長い距離を手に物を持ちながら移動するために進化し、ある一定の筋力によって保たれていたバランスが、日常生活が便利になるにつれ、歩く量が減り、筋肉の働きが偏り、力学的負荷が低下したことで、筋力が低下し、退化に近い変化が起きています。アスリートにとっては、その競技特性にフィジカルパフォーマンスが適応しているのかどうかが、最も基本的かつ重要なポイントです。TBCでは競技毎に、各筋群に必要な筋力性能を体重に基づいて設定しています。この設定から逸脱する筋(要素)があると、全体のパフォーマンスは低下します。
ウイエトが何百キロ上げれても、実際のスポーツ動作でどれだけのパフォーマンスが発揮出来るか、日常の動作でどれだけきちんと機能するか、が課題です。
柔軟性や筋力などの筋肉の性能を調整し、歩き方、階段上りなどの、日常的な動きから、競技動作まで、実用的な、身体の機能性バランスを調整し高めることが「トータル・バランス・コンディショニング理論」の目的です。
オーバーユースで復帰とリハビリを繰り返す選手、腰痛等で苦しむ選手を見ていると、コンディショニングの必要性を痛感します。指導現場でこのようなことを繰り返さないためにも、補強トレーニングやハードな練習に耐えられる筋バランスの構築が優先されるべきと考えています。一般成人の場合でも、学生時代に何らかのスポーツを行なっていた人に、加齢と共に筋バランスの崩れや、重篤な腰痛等の障害を抱えている人が多いようです。特に、左右非対称性の偏った運動を、長年強く行なってきた人程この傾向は強く、またリコンディショニングも難しくなります。
ここでは、より「強く」するための土台作りや、オーバーユースによる怪我や障害の予防、コーディネーションの向上をテーマに、各種スポーツ選手や一般成人に対して、スポーツドクターによる指導を基に行なっている、動作特性や姿勢アライメントの調整を主としたトータル・バランス・コンディショニングの考え方や流れについて、紹介します。
●コンディショニングの位置付け
「コンディショニング」は、広い意味では、スポーツ選手や愛好家がゲームなどに向けて身体面、技術面、精神面などを調整していくことに対する概念ですが、ここでは中でも「身体面の調整」という意味において話を進めていきたいと思います。この身体面の調整については、「メディカルコンディショニング」と「スポーツコンディショニング」の2つに分類出来ます。メディカルコンディショニングは、リハビリテーションを構成する運動療法の一手段として捉えることができ、トレーニングを訓練として行ない、機能の回復や獲得、再構築を目的とします。
また、スポーツコンディショニングは、広義の意味に等しく、競技特性に応じ選手個人のパフォーマンスがより発揮されるように、試合の時期や期間によって、短期・長期に渡って、体調を整えていく作業全般を言います。
この2つは、全く別物ではなく、選手や個人の状態によって、アプローチ手法やレベルが異なるだけで、基本的な考え方は同じです。これから紹介する「コンディショニング」は、一般的なウエイトトレーニングだけではなく、筋の状態をチェックを行した上で、様々な刺激をタイミングよく行うことにより、よりよく働く状態を作っていくことに主な狙いがあります。
コンディショニングのキーポイント
・チェックとエクササイズ(仮定と検証)
・ウィークポイントの優先順位と克服
・刺激方法(筋のコントラクト(収縮)とストレッチング(伸張)など)
・タイミング(いつ行なうのか)とルーティン(どんな順序で行なうのか)
●なぜコンディショニングが必要なのか?<コンディショニングの基本的な考え方。>
「筋バランスが崩れているから」これが、多くの選手や一般人のコンディショニングの指導経験から言える、様々な問いに対する答です。ここで言う筋バランスとは、全身の筋力と柔軟性のバランスのことで、個人の筋活動によって異なります。これに対し、全身の筋の具合をチェックし、それをもとに調製して姿勢や動きのバランスを整えて、より活動しやすい状態をつくり、維持できるようにしていくことが大切です。
それでは、筋バランスが具体的にどのようなことを表しているのか以下に整理してみましょう。
・左右の筋力と柔軟性
・関節それぞれの拮抗筋どうしの筋力(必要な筋力比)と柔軟性(必要なROM)
・筋の促通レベル ※筋肉の収縮を充分感じることができ、かつ充分な筋力が発揮出来る状態。
・アイソレートとユニットでの運動性
・左右非対称動作での運動性
また、こうした筋バランスが崩れるとどのようなことが起るのか。
1)関節に対する圧力バランスが崩れ、関節可動域(以下ROM)が変化する
2)骨配列が崩れる(左右、又は両方)
3)静的・動的アライメントが崩れる
4)重心が偏る
5)左右の抗重力筋の働きが偏る
6)筋バランスが崩れる
そしてまた6)から1)に戻るという悪循環が繰り返されるのです。
●コンディショニングにおける、筋の特性の捉え方
ここまで、述べてきた筋バランスを整える「コンディショニング」では、まず筋の状態を適切に捉えることが必要です。特に、前後左右の相対的な比較が重要で、それを的確に把握し、劣っている側を優れている側の状態と合わせることが基本的な作業になります。この作業は、筋の状態によって対応が異なります。そこで、筋力・柔軟性をもとに、筋の状態を大まかにA~Dの4段階に4分類し、この目安とすることにしました。
筋力・柔軟性4分類法(一般クライアント向け)
・A、柔軟で強い[Soft/Strong]
・B、硬くて強い[Hard/Strong]
・C、柔軟で弱い[Soft/Weak]
・D、硬くて弱い[Hard/Weak]
※柔軟性は、ターゲットの筋が関与する複数のROMで評価します。
次に、オーバーユースと動員不足による筋の状態の分類について解説していきます。
[使用度]
・過使用性=オーバーユース、使い過ぎ、促通度が低い筋の場合もある。
・廃用性=活動不足、促通度が低い
[柔軟性]
・拘縮/萎縮=筋を伸ばす頻度が少なく、伸びにくく萎縮している状態(内可動域)
※拘縮ー関節包外の軟部組織に起因する可動域制限
・弛緩=筋の伸びた状態が多く、収縮力が低下し弛んだ状態。(外可動域)
使用度と柔軟性による分類(筋の硬化や萎縮は、収縮力の低下を意味する)
・過使用性拘縮ー使い過ぎ負担がかかり過ぎて縮み硬化する
・廃用性萎縮ー使われなくて縮み硬化する
・廃用性弛緩ー使われなくて緩み軟化する
筋の柔軟性には、荷重時と非荷重時の異なる特性があり、ADL(日常生活動作)に必要なのは荷重時の伸張性の柔軟性です。また、筋長と筋力は密接な関係があり、動作に直結する筋長で発揮出来る筋力を強化する必要があります。抗重力筋群は、重心が偏ることによって、片側だけが常に等尺性収縮の状態となり、オーバーユースによって硬化してきます。また、ROMが内可動域の筋は拘縮しやすく、外可動域の筋は弛緩しやすい傾向があります。
図2
●コンディショニングの種類
それでは、ここまで述べてきた筋バランス改善のために行うコンディショニングの種類について、その目的に応じて紹介していくことにしましょう。
ベース・コンディショニング(初期)
大雑把に全体のバランスを調整し暫定的な最低レベルの状態をつくるために行う。
アイソレート(部位別)コンディショニング(初期)
故障部位や疾患部位等の直接的要因となる部位の調整を中心に行う。
トータルバランス・コンディショニング(中期)
「ベース」と「アイソレート」が終った段階から、強度(活動)レベルを上げ、より安定した定着を図る。
スポーツコンディショニング
マラソン、自転車、ゴルフ、テニス等各種スポーツ向け。この中に、上記の「ベース」「アイソレート」「トータル バランス」が含まれる。
リコンディショニング(後期)
コンディショニングによる調整をさらに微調整し、適応レベルを向上させることや、バランスが変わったことによって起こる筋の変成をさらに微調整し、トータルバランスをまとめ上げることを主な目的としている。またこれには、アスリートのケガからの回復、トレーニング強度や活動レベル、パフォーマンスに応じて対応を変化させることも含まれる。これには、身体全体のバランスがとれてきてウィークポイントがなるなり、競技パフォーマンスが向上することによって生じる新たな歪みや負担を最小限に抑えることなどが挙げられる。
●コンディショニングはいつ行なうか?
これらのコンディショニングは日々の強化トレーニングや練習と切り離さず、融合させることでより練習の質を高めることができます。なぜなら、部位ごと(の筋)に、様々な刺激を与え、反応しやすい状態、収縮しやすい状態をつくっておいて、並行して強化トレーニングや練習を行なうことでユニット動作への動員性が高められ、動きやすく、筋力も発揮しやすくなるからです。ただ注意事項として、筋が疲労した状態の時に行うと逆効果になってしまうので、気をつけましょう。また、コンディショニングは、1日、1週、1月当たりで捉えることが可能で、長期的ピリオダイゼーションの小単位としても応用できます。以下にゲームに合わせたコンディショニングの一連の流れの例を挙げるので参考にして下さい。
<1日のルーティン例>
コンディショニング(20分)→強化トレーニング(60分)→コンディショニング(20分)
「コンディショニング」をウォーミングアップとして行なうことは非常に効果的。例えば、バーベルスクワット系種目の前に、荷重部位の筋の動員性をあらかじめ調整し、左右対称な動作で行えるよう整える。
<1週間のルーティン例>
金曜日のコンディショニングは積極的な休養を意味し、トレーニング効果がより高まるような刺激を与えます。コンディショニングはトレーニングジムなどに限定せず、屋内外を問わず環境に応じて適宜行なうようにする。
●コンディショニングの主な目的
表1 コンディショニングの時期を一覧にしました。●が必要、○は必要に応じてとなります。
●TBCチェック&エクササイズ法
実際にコンディショニングを進めていくうえで大切な作業に「チェックとエクササイズ」(仮定と検証)があります。この2つを丹念に繰り返して行うことで、ウィークポイントを1つ1つ克服し、動作への定着性を高めていくことができるのです。
チェックは、最も動作に影響を与えているウィークポイントの筋を探し出す作業です。複数の動作を組み合せて行いますが、なかなか一度で見つけ出すことはできません。そこで、いくつかの大筋群でチェックし消去法で最も動作に影響を与えているポイントを特定します。
チェックには、「静的アライメント」と「動的アライメント&動作特性」があります。
静的アライメントでは、立っているときだけではなく、バランスボール上での姿勢や調整などで、重心や姿勢線に影響を与えている筋の状態をチェックします。
2足歩行・昇降動作等の「動的アライイメント&動作特性」は、上肢を含めた全身の運動性に密接に関わっているため、抗重力筋群の荷重状態での柔軟性が大きな影響を及ぼします。
また、動作の特性は、抗重力筋の瞬発力や筋持久力の影響を強く受け、姿勢線、重心移動特性、ROM、スピード、テンポがチェック項目になります。
歩行動作では前後と回旋方向への重心調整能力、昇降動作では左右の重心調整能力をチェックします。
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コンディショニングのためのエクササイズ実践的方法論
トータル・バランス・コンディショニングのために行うエクササイズでは、筋強化やストレッチングを単に行うのでなく、筋収縮と伸張を融合し、主働筋と拮抗筋の調整、タイミング、ユニット動作などの様々なエクササイズ要素を組み合わせ、筋が動きの中でバランスよく使われる状態を作っていくことが目的となります。
このエクササイズを行う時には、筋と動き、2つのテーマがあります。
「筋の調整」ではどのように刺激を与えるか、また「動きの調整」では、やりにくい荷重動作をいかに克服するかが課題となります。動きの調整で重要なことは、結果的に最も影響を与えている、硬いか弱い部位(ウィークポイント)を探し出し調整することです。やりにくい動作にはその理由となるウィークポイントがあり、これが改善されなければ、動作も改善されず、むしろ代償作用によってカバーしている部位への負担が蓄積し続けることになります。このウィークポイントは腰部や膝など疾患のある部位そのものとは限らず、むしろ足関節や股関節などの周囲にあり、機能性と全体のバランスに影響を与えます。
今回は、これらを踏まえたエクササイズの方法論を考察していきます。ではまず、1週間から1ヶ月間程度を目安とした、プログラミングの基本的な考え方を紹介します。
1)拮抗筋どうしの相対的な筋力(筋の動員性)と柔軟性をチェックする(前回との比較)
2)柔らかくするのか、強くするのか、ターゲットの筋の、目指す状態(優先順位)を明確にする
3)部位ごとに拮抗筋どうしをセットで捉え調整する
4)コントラクトとストレッチを融合させタイミングよく用いる
5)随時、アイソレート調整直後にユニット動作での動員性のバランスチェックを行う
これらをによって、毎回、ターゲットの主働筋と拮抗筋による関節への圧力バランスをニュートラルな(理想的な)状態に調整していきながら、次第に全身の筋バランスを整え、動きの調整を図っていきます。
次に、実際の指導で用いる重要なポイントを紹介します。
●タイミング
筋の動員性を高める最も重要なポイントは、タイミングです。ターゲットの筋への促通を効率よく行えるかどうかは、種目から種目へのつながり、または筋への刺激と刺激の流れをどれだけスムーズに滞りなく行うかに左右されます。セット法とは異なり、エクササイズの刺激によって神経系が亢進または抑制されている間に、次の刺激を与えていくことが重要です。例えば、レッグエクステンションのような大腿四頭筋の強化種目を行った直後すぐに、拮抗筋であるハムストリングに対して相反性抑制を利用したストレッチングを行う(写真1)など、ここでは、後述する姿勢反射や対角らせん運動などの刺激を複数用い、タイミングやつながりをルーティン化し、刺激が失われないうちに集中的に刺激を加えることで筋の促通を図ります。このつながりを促通ルーティンと呼んでいますが、主働筋と拮抗筋をねらう場合にも、全身的な場合にも応用することができます。
●実用的関節角度と筋長
関節角度と筋長・筋力は密接に関連しあっていますから、強化トレーニングやストレッチングの関節の動きは、実際の競技動作と整合した、常用的に使用頻度の高い関節角度での強化が必要です。強化トレーニングが整合していない場合には、負荷強度が増してもパフォーマンスが変わらないといった状態に陥りる場合があります。単なる稼動範囲の捉え方ではなく、例えば、股関節の内外転筋群は、伸転位へ移行しつつアイソメトリックス収縮に近い状態で筋力を発揮する場合も多いので、股関節屈曲位だけではなく伸転位での強化とストレッチングも必要です。(写真2)
また、実際の動作では、短縮性のコンセントリック収縮だけではなく、伸張性のエキセントリック収縮も多く行われていますので、筋強化での反復時(レップ)では、スローネガティブ(エキセントリック収縮)レップを適切に行うことも必要です。これは全可動域での筋力向上が期待出来ますので、パワートレーニングの土台作りにも大きく役立ちます。
●アイソレート動作とユニット動作
アイソレート動作は、基本的には単関節の動きで筋の個別化を意味し特定の筋に集中的な刺激を与える場合に用います。ユニット動作は複数の関節動作で構成され小ユニットから大ユニットの全身運動までを意味します。アイソレート動作で筋収縮が意識出来ても、ユニット動作で動員されるとは限りません。コンディショニングでは、アイソレートとユニット動作を繰り返し、アイソレート動作で促通された筋が、徐々に小ユニットから大ユニットまで動員されるようにします。このユニット動作には、筋が共同して動きやすい基本的共同運動パターン(表1)を応用します。このパターンを左右行うことで、ウィークポイントの筋を探ったり、促通しにくい筋へ効果的な刺激を与えることができます。また筋連結性の小ユニット動作(表2)では、いずれかの筋が弱くなると、ユニット動作が行いにくくなり、協働筋へ代償作用の負担が蓄積します。
表1 基本的共同運動パターン
※は個人差が多い ※内反はどちらのパターンでも起こる
●対角らせん運動の対称性
前述の共同運動パターンとともに重要な「対角らせん運動」は、歩行や走行動作もこの運動形態であり、この対角の手足(左手右足など)を動かすような、体幹の捻転を伴う、左右非対称性動作をバランスボールで行うと、筋バランスの特性が表れやすいので、チェックと強化が同時にできます。強度、難度、スピード、リズム、ROM、これらの要素を変換することで、アイソレートコンディショニングの一手段としても、また小ユニットのエクササイズとしても多く用いることができます。また、日常的機能のためには立位での対角らせん運動も効果的です。
●姿勢反射
次に、中枢神経系の働きである姿勢反射を応用します。
この姿勢反射は、重力に対して崩れた姿勢のバランスを安定させ維持するための反射機構を意味し、様々な原始姿勢反射があります。中でも、空間や重力に対する頭の位置変化によって生じる迷路反射と、頸・頭部と体幹の位置関係で生じる頸反射は、運動姿勢にも現れる代表的な反射です。迷路反射には、緊張性迷路反射(TLR)があり、うつ伏せの状態では全身が屈曲しやすく、仰向けでは伸展しやすくなる反射です。頚反射には、緊張性頸反射(TNR)があり、さらに頸椎の伸展によって手は伸びやすく足は曲がりやすく、頸椎の屈曲によって手は曲がりやすく足は伸びやすくなる対称性緊張性頸反射(STNR)と、頭部の回旋によって顔面側の手と足は伸びやすく後頭側の手と足は曲がりやすくなる非対称性緊張性頸反射(ATNR)があります。(写真4)
これらの反射は、動作の中で互いに協調し働いているので、上記特性をエクササイズ動作に応用することで、より筋の収縮を意識しやすくしたり、動作をやりやすくすることが出来ます。
●無意識性動作への動員
アイソレートエクササイズで意識できた筋が、歩行・昇降等の無意識性の荷重動作でも容易に動員されるとは限りません。より定着性させるためには、アイソレートエクササイズとチェック動作を丹念に繰り返し、動員されにくい筋の感度を高めながら、自然と動きが変わっていく状態を作っていきます。この時、バランスボールやアジリティディスクなどの不安定性を応用したエクササイズは非常に効果的です。この不安定な状態でエクササイズを行うと、自然と意識の集中力が高まり、筋への促通効果も高まります。この亢進状態で歩行や昇降動作をすかさず行うことで、無意識性動作への動員性を高めていくことができます。
●トレーニング部位のルーティン
ルーティン(手順)は、部位ごとの調整で重要な要素です。様々なルーティン論がありますが、ここでは「動きを調整」できる実践的なルーティンを紹介します。このルーティンの特徴は体幹から末梢への流れにあります。動作は体幹が固定化されることよって、対側の背筋群と殿筋が運動エネルギーを生み、下肢によって地面へと伝わり、反力で体幹から上肢が動くので、腹筋や背筋群のバランスが崩れていては、骨盤が安定せず、股関節周囲の筋群が効率的に働けないため運動性が低下してしまいます。そこで、ここでは予備疲労トレーニング法(例えばスクワットの前にレッグカールでハムストリングスを疲労させておくような方法)とは若干異なり、筋神経系の活性化を積み重ねていく意味で、体幹からルーティン化しています。(表3)これら関節ごとのルーティンは、小ユニットごとに調整していく、または全身を調整する、いずれの場合にも用います。特に表5中のa、背筋群から殿筋群、または肩甲帯筋群への対角の筋の連動性や共同運動パターンが非常に重要で、この部分のエクササイズでは左右非対称の対角らせん運動を中心に行います。段階的な漸進性を大前提とし、各ブロックの促通度や安定性が次の土台となり筋の連動性を作っていきますので、bの段階で、aが崩れてくると、b移行の調整ができなくなります。
表3 基本ルーティン
●筋強化とストレッチング
次に、筋強化とストレッチングについて考察します。
1)筋強化のポイント
筋強化では、相対的筋力差が大きい程、弱側の強化は、低負荷・高回数から、漸進的に行っていきます。その理由は、関節の動きの主働筋となる筋が脆弱化すると、その動きを代償するために協働筋群に負担がかかってくるためです。一見すると同じ動作のようで、健側と患側で筋の動員パターンが全くことなる場合があります。例えば、骨盤引き上げのような中殿筋強化の股関節外転を行う時、患側では、大腿筋膜脹筋、大腿直筋、大腿二頭筋、対側の腰方形筋などによる代償作用(表4)が生じます。そのために中殿筋強化は、低負荷で収縮を意識出来る種目とレベルから徐々に回数を増やし、また負荷をかける関節角度の調整や、拮抗筋の内転筋群へのストレッチングによる抑制刺激を組み合わせて用い、他の複数の種目でも中殿筋によって外転が力強く行われる状態を作っていきます。さらにこのアイソレートエクササイズで促通レベルが上がってきたら、スクワットや昇降動作などのユニット動員での定着を図ります。
<ターゲットの筋により集中的な刺激を与えるためのポイント>
・ROMを調整し、筋長の範囲全般に渡って負荷をかける(体位とスティッキングポイントの変換)
・アイソメトリック、コンセントリック、エキセントリック等、筋収縮様式を変え筋への促通を図る
・促通度が低ければ、感じられる低負荷で始め、漸進的に負荷(強度)を上げる
・収縮による筋の緊張で、拮抗筋へのトレッチングを促す
・同じ筋への種目を、いくつかルーティン化しドリルする
表4 MMT (徒手筋力テスト)評価時に注意する代償運動とその肢位
2)ストレッチングのポイント
コンディショニングでのストレッチングの主なポイントは次のようになります。
・抗重力筋群は、荷重時の関節位での柔軟性向上を目指す。
・動作に影響を与えている関節角度でのストレッチングを行う。特に起始部の広い筋は様々な関節角度で伸ばす。
・適切な関節動作でも、筋の伸張を意識出来ない場合は、拮抗筋や協働筋への刺激や、姿勢反射を応用し筋伸張が意識できる体位を探す。
・静的柔軟性が確保できてから、競技特性に応じた動的柔軟性の獲得を目指す。
3)ストレッチング(伸張)とコントラクト(収縮)
ここで重要なことは、まず筋の柔軟性を確保しつつ、筋力向上を目指すことにあります。では実際のルーティンを紹介します。
柔軟性向上のための基本的な流れ
ストレッチング→コントラクト(複数可)→ストレッチングで終わる
促通・亢進のための基本的な流れ
コントラクト→ストレッチング→コントラクトで終わる
ここでは筋に対して、集中的なストレッチング(筋の伸張)は抑制刺激として用い、コントラクト(筋の収縮)は亢進刺激として用います。この特性を応用しターゲットの主働筋と、拮抗筋・協働筋へ使い分け、次のようなルーティンで刺激を与え目指す主働筋への促通を図ります。
1)主働筋自体の直接的ストレッチング&コントラクト
2)拮抗筋のコントラクト→主働筋のコントラクト
3)拮抗筋のストレッチング→主働筋のコントラクト
4)協働筋のストレッチング→主働筋のコントラクト
ターゲットとなる筋が「弱くて硬い」ならば、コントラクト後に必ずストレッチングを行い柔軟性を確保して終了します。実際の応用例を表5で紹介します。さらにこれらに姿勢反射を組み合わせることで、より効果を高めることもできます。
表5
※文中のCはコントラクト、STはストレッチング
●筋バランスの安定性と定着性
さて次に、注意したいのはコンディショニング効果の持続性と個人差です。初期コンディショニングの段階では、1時間程度のエクササイズでも、1週間近く持続する選手もいれば、2時間しかもたない選手もいます。このような動員されにくい筋の促通、及び動作に定着するまでの過程を下記のように呼んでいます。
・一過性のバランス(不完全定着・不完全促通)
コンディショニングによって一時的に安定した状態になることです。低い活動強度や、偏った筋活動が多いほど、歩行など低強度でもバランスが崩れやすく、なかなか安定しません。またウィークポイントの筋の促通に長い期間を要する場合もあります。
・安定したバランス(安定定着)
筋バランスの安定性は、強度との追いかけっこのようなもので、ある強度で安定しても、動作の強度が上がると簡単にバランスは崩れます。漸進的に強度を上げてはバランスを再調整する、これらを繰り返すことで、高強度でもバランスのとれた状態を作ることができます。
ところで、強い筋の収縮や疲労を感じても、発揮できる筋力が弱かったり、動作に動員されない場合があります。
前者では、動員されている筋線維がまだ少なく(不完全促通/筋自体の促通レベルが低い)、一時的なオーバーユース状態が考えられ、起始部が広い殿筋群に多く見られます。このような状態になってきたら、休養し、種目や関節の角度、ROM、スピード、リズムを変換し、目的の筋全体への促通を図ります。
収縮力が向上しても、後者の場合は、間接的な動員不足(他ウィークポイントによって動員されにくい場合)が考えられるので影響を与えている部位を探し出し同時に調整していくことが必要です。
(表1、5 出典:リハビリテーション診断・評価/金原出版株式会社)
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